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文例 先代社長への弔辞(その1)

お悔やみ文・弔辞 文例 先代社長への弔辞(その1)

 故人様との間柄

故人は、◎◎運送株式会社会長 八十五歳にて逝去。静岡県に在住。(大正15年生まれ)

弔辞を読むのは、六十二歳の現社長。社長就任は10年前。故人と血縁関係はない。

いわゆる、典型的な「叩き上げ」の故人。

戦後、復員してからの故人は、二十歳から三十八歳まで、家業の土木工事会社で勤務していた。しかし、父が取引先とのトラブルが発端で不慮の死を遂げてから、事業は傾き、ほどなく一家離散という状況に陥る。

昭和四十年、運送会社を設立。学歴もなく、トラック2台から、業界の大手企業に発展させた立志伝中の人。反面、人によって評価が分かれる人物でもある。

強烈なカリスマ性を持つ反面、敵も多かった故人。現社長は、そんな故人によく仕え、今日の発展をよく支えてきた。

いさかか、極端な例えであるが、織田信長と羽柴秀吉。島津斉彬と西郷吉之助といった、主従でありながら、「師弟関係」でもある関係にも近いといえるだろう。

 弔辞本文

謹んで◎◎●●会長のご霊前に申し上げます。

「秋霜烈日」

まさしく、会長のご生涯は、この言葉のごとくであったといえましょう。仕事に対しては厳しい会長でありましたが、情義に厚く、お客様のことを何よりも第一にされるお姿から、我々は多くのことを学ばせていただきました。

今、こうして、在りし日のお姿を思い起こすたび、深い悲しみと共に、会長に対する感謝と敬愛の念がこみ上げてまいります。

「四十歳までの自分の人生は、ある意味、無に近い生き方をしてきた。君たち、時間を浪費するな。遅れを取り戻すには、倍の力が必要になるぞ」

折にふれて、私たちに語ってくださった、このお言葉は、我々にとっての羅針盤といえましょう。

会長は「一生懸命にやった上での失敗」に関しては、決して強く叱責されることをされませんでした。反面、「同じ失敗の繰り返し」には、厳しい態度で臨まれた会長。このお考えは、我々社員一同に「消えざるたいまつの火」として灯り続けております。

社長をご勇退されてからの会長は、春風駘蕩たるお姿でありました。そういった中にあっても、若手社員のことを絶えず気にかけられ、大局的なお考えから、我々に対し、数多くのご教示を賜りました。時代の流れを大きく掴まれるスケールと、心のひだまで顕微鏡のごとく洞察される緻密さ。まさに、会長は不世出のお方でありました。

我々社員一同にとって、会長と同じ時代に生まれ合わせ、薫陶をいただいたことは、最大の誉(ほまれ)であります。これからも、はるかに天に在りて、当社の発展をお導きください。

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