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文例 取引先社長への弔辞(その1)

お悔やみ文・弔辞 文例 取引先社長への弔辞(その1)

 故人様との間柄

故人は、●●土木株式会社社長 六十五歳にて逝去。大阪府に在住。(昭和二十一年生まれ)

弔辞を読むのは、△△建築株式会社社長 故人とは同い年。公私共に親しい間柄。

両者は、府内の中堅建設会社、専門分野は公共土木、民間の建築会社という違いはあるが、人的交流も含め、長年にわたって協力体制を続けてきた。

二人が知り合ったのは、大学生の時、学生運動盛んな当時、●●社長は運動に積極的に関わっていた。ノンポリだった△△社長とは、性格も考え方も違っていたが、不思議とウマがあい、その後、数十年に及ぶ関係が続く。

●●社長は、大学卒業後、中央官庁に務めるが、五年ほどして退職後、友人とともに起業。ゼロからのスタートであったが、本人のカリスマ的指導力の力もあり、現在の礎となる。

公共工事の減少に伴い、同社の経営状況は、現在、思わしくない。

工事の受注に関しては、●●社長の個人的人脈、営業力によるものが大きかった。折りにふれ、△△社長に相談を持ちかけていた、●●社長。場合によっては、両社の合併もと二人は話していた様子。

反面、△△社長は二世経営者、熱血漢で型破りな●●社長に対し、紳士的で温厚な人物。共通の趣味は、ゴルフと釣り。

 弔辞本文

謹んで●●××君の御霊前に申し上げます。

××君。君と初めてあった日のことは、今でもはっきりと覚えている。

当時、我々は、□□大学の学生だった。世を思い、血気盛んな君の姿に、私は自分にないものを感じた。

その後、数年の役所勤めを経て、君が独立したいという考えを知るに及び、君なら必ず、何かを成し遂げるだろうと確信した。君の類まれなるリーダーシップがあったればこそ、●●土木の今日があったと私は強く思う。そして、君の分身たるスタッフの皆さんが、必ずやその思いを受け継ぎ、更に発展させていくであろうことを、君自身、強く心に念じていることだろう。

君に遅れること二十二年、不肖この私も、今の立場を頂戴し、奮闘の日々であった。無二の親友として、意見を交わしたこと。仕事を忘れ、白浜の海岸で、磯釣りに興じた夏の日のことが、今でも、昨日のことのように思い出されてならない。

一度決断を行えば、決して退かない君の姿は、たとえ、立場を異にする人にとっても、心の底では深い共感を覚えていたに違いない。世の毀誉褒貶という小さなものにとらわれず、しかし、現実を見据えながら、懸命に生き切った君と、長年に渡る友情を結ぶことができたことは、私にとって、今生における最大の誇りといえるだろう。

願わくば、次の世においても、今と変わらぬ我々でありたい。そしてそれが、偽らざる私の願いである。このことを伝え、君に対する最後の言葉としたい。

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